主題講演

■■  「顎関節症の症型分類を再考する」
     講師:矢 谷  博 文

      大阪大学大学院歯学研究科 口腔科学専攻 顎口腔機能再建学講座
      クラウンブリッジ補綴学分野


 1970年代後半から1980年代前半にかけて急速に進歩した顎関節の画像診断法により,顎関節症の関節動態ならびに構造的病態の全貌が,他の顎関節疾患の病態も含めて,可視的に明らかにされた結果,臨床的に顎関節症と一次診断された患者の中にも,臨床症状は似ているものの異なる病態を有する患者が存在することが理解され始めると,顎関節症を病態(症型)によって分類し,個々の病態に対応した治療体系を確立しようとする機運が高まった.1980年に米国顎関節症学会(現在の米国口腔顔面痛学会 AAOP)によるTMDの症型分類1),1982年に米国歯科医師会によるTMDの症型分類2)が発表され,我が国でも,1986年に顎関節研究会(現日本顎関節学会)によって症型分類案が提示された3).提示された症型分類は,我が国に定着し,一般臨床医の顎関節症に対する理解度を深めるのに大きく貢献した.
 米国では,TMDの病因,診察・検査,診断,治療法のいずれをとっても不明な点や検証すべき点が多く残されていたことから,ワシントン大学のDworkinらが中心となり,採得した所見やデータのTMD研究を行う研究者間での比較を可能とすることを目的として,標準的な問診票,臨床的診察・検査法,および各症型の診断基準を含むResearch Diagnostic Criteria for Temporomandibular Disorders (RDC/TMD)を作成し,1992年に公表した4).RDC/TMDは,生物心理社会学的モデルに基づいて作成されていること,またAxis Iで身体的評価を,Axis IIで心理状態と疼痛関連のdisabilityの評価を行うという2軸診断システムとなっていることに特徴がある.その後も改良の努力が続けられ,国際的専門家集団による構造化されたプロトコールに基づく文献レビューと多施設臨床試験による妥当性検証研究によるコンセンサス形成過程を経て,信頼性と基準関連妥当性の確認されたDiagnostic Criteria for Temporomandibular Disorders (DC/TMD)として生まれ変わろうとしている.
 このように科学的,臨床疫学的手法に則って着々と進められてきたRDC/TMDからDC/TMDへの進化の過程と比較して,本学会の顎関節症型分類は1996年の改訂から16年が経過しているにもかかわらず,残念ながらまったく改訂の動きはなかった.それどころか,本学会の顎関節症に関する各種委員会での取り組みの過程について詳述した柴田論文5)によれば,「顎関節症の症型分類」,「顎関節症の診断基準」および「顎関節症における各症型の診断基準」のいずれをとっても信頼性と妥当性の検証がなされた形跡は一切ない.
 そこで,本学会では昨年に学会症型分類とRDC/TMD分類の検証委員会(委員長:矢谷博文,委員:有馬太郎,木野孔司,栗田賢一,杉崎正志,築山能大)が立ち上げられ,顎関節症の症型分類の検証を行い,今回の日本顎関節学会学術大会の主題講演として,検証の結果を発表することになった.検証の第一段階として,学会の専門医を対象とした症型分類に関するアンケートを実施し,その結果を元にこれまで計3回の検証委員会を開催して討議を行ってきた.アンケート回収率は,検証委員会委員を除く専門医254名中165名(65.0%)であった.症型分類の見直しの要否に関する質問に関しては,見直しが必要87名(52.7%),見直しは不必要73名(44.2%),未回答5名(3.0%)という結果であった.見直しは不必要と回答したものが予想外に多かったが,委員会で討議の結果,見直しを行うことで意見の一致をみた.今回の主題講演では,アンケート結果に基づいて,現在の顎関節症の症型分類とその診断基準のどこをどのように改善,進化させることにしたかについて検証委員会での検討結果について発表する.発表後,見直し案を会員に公開して意見を求め,理事会,総会で承認を受けたあと,新症型分類案についてその信頼性と妥当性を確認するための多施設臨床研究を行う予定である.

<文献>
1.McNeill C, Danzig WM, Farrar W, Gelb H, Lerman MD, Moffett BC et al. Craniomandibular (TMJ) disorders -The state of the art. J Prosthet Dent 1980;44:434-7.
2.Griffiths RH. Report of the president's conference on the examination, diagnosis, and management of temporomandibular disorders. J Am Dent Assoc 1983;106:75-7.
3.顎関節症診断法検討委員会.顎関節症診療に関するガイドライン.東京:日本顎関節学会;2001.1−32頁.
4.Dworkin SF, LeResche L. (Ed.) Research diagnostic criteria for temporomandibular disorders: Review, criteria, examinations and specifications, critique. J Craniomandib Disord: Facial & Oral Pain 1992;6:301-55.
5.柴田考典.日本顎関節学会の「顎関節症診療に関するガイドライン」はどのようにして決められたのか.日顎誌 2012;24:3-16.



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