医科歯科連携セミナー

■■ 「臨床医が知っておきたい 一軸(身体)・二軸(精神)の鑑別診断のポイント」
     座 長
       澁 谷  智 明 氏
       島 田  淳 氏

 顎関節症はself-limitingな疾患で、的確な診断と適切な可逆的治療の選択で多くの症例(中核群)は比較的早期に症状が改善する。しかしながら中にはなかなか治療に反応しなかったり、日常生活のQOLが極めて低くなっているなど通常の顎関節症では説明が困難な難症例(周辺群)も存在している。周辺群には@顎関節症ではあるが痛みが慢性化して中枢感作など中枢への影響がおこった場合、A精神疾患や他の疾患と併存している場合やBそもそも他の疾患を顎関節症と誤認している場合が考えられる。
 顎関節症は顎関節や咀嚼筋等の疼痛、関節(雑)音、開口障害ないし顎運動異常の主要症候のうち、少なくとも一つ以上有するものとされているが、顎関節症以外にも同様の症候を有し、顎関節症と誤診する可能性のある疾患が多々ある。顎関節症と鑑別すべき疾患は、1.顎関節症以外の顎関節疾患と2.顎関節疾患以外の疾患に大別される。1は顎関節における発育異常、外傷、炎症、退行性関節疾患あるいは変形性関節症、腫瘍、滑軟骨腫症、ガングリオン、乾癬、偽痛風、顎関節強直症および咀嚼筋腱・腱膜過形成症などが、2は頭蓋内占拠病変をはじめ、顎関節隣接器官の疾患である歯科疾患や各種耳鼻咽喉科疾患、筋・骨格系疾患、神経系疾患、心臓・血管系疾患および精神神経系疾患(気分障害、不安障害、統合失調症や身体表現性障害など)など多岐にわたる。また顎関節症の発症、増悪化および永続化に気分障害、不安障害や統合失調症といった精神疾患や様々なストレッサーなど心理社会的因子が関与している場合もある。
 特に、2010年に発表されたAADRの基本声明においてTMD問題の社会心理学的側面を評価することの重要性が述べられており、国際的なTMDの診断基準であるRDC/TMDにおいても、身体面をT軸、精神面・心理社会面をU軸として評価することとしている。
 そのため、顎関節症の治療を行うにあたっては、眼の前の患者の症状が顎関節症による症状なのかどうか、また顎関節症であった場合でもその症状には何か別な要因が関与しているのかを考えて診察・診断を行うことが重要である。 
 当然、顎関節症の治療を行う専門医においては、歯科だけでなく、医科における知識も必要となってくる。
 本セミナーでは医療連携として歯科、医科よりT軸、U軸について考えてみたいと思う。今回、T軸においては、開口障害等の顎運動異常に焦点をあて、まず甲斐貞子先生には歯科としての立場から「日常臨床における歯科疾患と顎関節症の鑑別診断のポイント(とくに開口障害を中心に)」について、今井 昇先生には神経内科医としての立場から「顎関節症と鑑別を要する神経疾患(とくに不随意運動を中心に)」についてご講演いただく。またU軸における対応を行うにあたって野澤健司先生に歯科としての立場から「どこで歯科医は精神疾患に気づいたらいいのか?」について、宮地英雄先生には精神科医としての立場から「精神科医としての立場から精神的問題が疑われるときに歯科医師に考えてほしいこと」をご講演いただく。
 なおそれぞれの先生方からは各々の経験豊富な専門的な立場より、症例を中心に、私達がより実践的に明日からの顎関節症における難症例の診断・診療に役立つ内容となるお話をいただけるようお願いした。今回の医療連携セミナーを通して会員のみなさまとともに、顎関節症の鑑別診断について今一度考えてみたい。

■■ 1. 日常臨床における歯科疾患と顎関節症の鑑別診断のポイント
    (とくに開口障害を中心に)
     甲 斐  貞 子 氏
      たていし歯科口腔外科クリニック

顎関節症の治療の第1ステップは「それが顎関節症であること」ですが、
 そもそも顎関節症の診断基準(1998)は「顎関節や咀嚼筋等の疼痛、関節(雑)音、開口障害ないし顎運動異常を主要症候とし、類似の症候を呈する疾患を除外したもの(以下略)」ですので、他の疾患ではないかという幾多の懸念をかいくぐった症状に対して顎関節症の治療をするというステップを踏まなければなりません。しかし、顎関節症と鑑別を要する疾患(2001改訂)のリストの疾患を、瞬時かつ体系的に除外診断していくことは、実際の臨床ではなかなか困難ではないでしょうか。しかも、顎関節症の訴えがなくとも潜在的な徴候を示す患者も含めるとあまりに多くの顎関節症患者が一般歯科医院を訪れ、顎関節症は一般歯科医師にとってはあまりになじみの深い疾患であるがために、慣れによる「先入観」「思い込み」「固定観念」に距離を置くことを忘れてしまいがちになるかもしれません。

顎関節症と誤診しやすい疾患
 1989〜1993年に九州大学歯学部附属病院第1口腔外科を受診し顎関節症と診断された患者1741名の中で、他疾患であったという誤診6例、他疾患を強く疑ったもの4例、計10例という報告があります。その内訳は顎顔面の炎症6例、中耳炎2例、帯状疱疹、筋突起過長症が各1例で、歯科疾患とくに炎症が多いことを示しています。今回は一般歯科医院での顎関節症の診断に迷った症例の調査結果もお示しいたします。
 文献的には悪性腫瘍などの重大な疾患が顎関節症として治療されていた症例報告が散見され、そのようなmimic疾患を診断しなければならない時が何時来ないとも限りません。

開口障害を有する場合の鑑別診断
 明らかな開口障害があると鑑別しなければならない疾患の範囲が狭くなりますが、それでもいろいろな疾患名が頭をよぎります。開口障害(程度、硬性-軟性、期間、契機の有無、持続的-間欠的-進行性、片側-両側など)と痛みなどの他の症状や所見との組み合わせの状況で、鑑別しなければならない疾患が変ります。それらを鑑別するポイントというところまではとても到達することはできませんが、実際に顎関節症としての治療を受けていた後に他疾患であったと判明した症例から、誤診しないための心構えを考えてみたいと思います。

略歴
1978年 九州大学歯学部卒業
1982年 九州大学大学院歯学研究科終了
1982年 九州大学歯学部第1口腔外科入局
2008年 たていし歯科口腔外科クリニック勤務
(現在に至る)

■■ 2. 顎関節症と鑑別を要する神経疾患(とくに不随意運動を中心に)
     今 井  昇 氏
      静岡赤十字病院神経内科

 顎関節症と区別を要する代表的な神経疾患として、群発頭痛のような疼痛性疾患とジストニア、ジスキネジアのような不随意運動を起こす疾患がある。
 疼痛性疾患については口腔顔面痛の専門医から情報を得る機会が比較的多くあると思われ、ここでは不随意運動を起こす疾患であるジストニア、ジスキネジアについて解説する。
 ジストニアは、筋の異常収縮を生じる中枢性疾患であり、罹患した筋により臨床症状はさまざまであるが、筋緊張が異常に亢進することにより、首が捻れて横を向いたままになったり、眼球が上転したり、手が硬直したようになり字が書けなくなったりする。ジストニアが咬筋に生じた場合は、自分の意志に反してくいしばってしまい、見えないマイオモニターを装着しているかのように、咬筋の収縮が肉眼で観察できる。外側翼突筋の片側が罹患した場合は顎が片側に偏移したままとなり、両側が罹患した場合は開口したままで、自分の意志では閉口できなくなる。ジストニアの原因は特発性(原因不明)のものと症候性のものに大別される。特発性のものは、大脳基底核や中枢神経系のなんらかの障害で生じると考えられている。症候性ジストニアは薬の副作用で生じるものは頻度が高く、問診で薬剤服用歴を確認することが非常に重要となる。治療には、抗コリン薬、ベンゾジアゼピン、筋弛緩薬、ボツリヌスなどが用いられる。
 ジスキネジアは複雑かつ多様でありながら同一患者では決まったパターンで出現する不随意運動である。口・舌・顎に出現するジスキネジアを口部ジスキネジアと呼び、口をもぐもぐ動かす、舌を出したり引っ込めたりする、舌なめずりをする、顎を左右に動かすなどの症状を呈す。口部ジスキネジアの原因はジストニア同様に特発性と症候性があり、症候性では薬の副作用によるものが多い。慢性的な投薬により生じるジスキネジアを遅発性ジスキネジアと呼び、難治性である。
 遅発性ジスキネジアは、抗精神病薬により黒質線条体ドパミン経路のD2受容体が遮断され、非可逆的なD2受容体のアップレギュレーションがおこりジスキネジアが起こると推測されている。抗精神病薬が除去されてもD2受容体のアップレギュレーションは持続するため難治性と考えられている。この発生機序仮説から遅発性ジスキネジアの治療にはD2受容体のアップレギュレーションを抑制しつつD2受容体を遮断しない薬物が効果を示すことが推測される。アリピプラゾールはドパミンD2受容体の部分アゴニストで、ドパミン作動性神経伝達が過剰活動状態の場合 D2受容体のアンタゴニストとして作用し、ドパミン作動性神経伝達が低下している場合 D2受容体のアゴニストとして作用する。今回難治性である遅発性ジストニアにこれらの発生機序および薬理作用機序を考えアリピプラゾールを投与したところ2例で著効したのでビデオを供覧し紹介する。

略歴
1988年 産業医科大学卒業 北里大学内科入局
1995年 清水市立病院神経内科医長
1998年 医学博士取得
2001年 静岡赤十字病院神経内科副部長
2007年 静岡赤十字病検査部長兼神経内科副部長
2008年 慶応義塾大学月ヶ瀬リハビリテーションセンター非常勤講師
     静岡赤十字病院神経内科部長兼検査部長

日本頭痛学会 評議員、専門医委員会委員、企画・広報委員会委員、専門医
日本神経学会 専門医、指導医  日本脳卒中学会 専門医
日本内科学会 認定医、指導医  日本救急医学会 認定ICLSインストラクター

参考書籍 OFPを知る クインテッセンス出版2005年
参考文献 Noboru Imai, Masako Ikawa. Efficacy of aripiprazole in sulpiride-induced tardive oromandibular dystonia. Intern Med 50: 635-637, 2011

■■ 3. どこで歯科医は精神疾患に気づいたらいいのか?
     野 澤  健 司 氏
      野澤歯科顎関節研究所

 顎関節症は、顎関節、咀嚼筋等の疼痛、関節(雑)音、開口障害ないし、顎運動異常の主要症状のうち、少なくとも一つ以上有するものとされている。なかには、主要症状以外の身体症状(以下身体症状と略す)を伴う人も多くみられる。身体症状を訴える精神疾患は、数多くあり、精神疾患に精通していない歯科医は、まず身体症状の訴えを問診することが大切と考えている。当院では、開院以来、WHOの身体表現性障害の問診票を全顎関節症患者に応用し、身体症状の把握に努めている。
 対象は H18年4月〜H24年2月まで当院に来院した顎関節症患者のなかで顎関節、咀嚼筋の痛みや開口障害を有した620名のうち現在、身体症状を有するもの366名、さらに3つ以上の身体症状を有するもの165名であった。
 身体症状の内訳は、頭痛・頭重を有するものが最も多く190名、ついで疲れ140名、肩こり・背中・腰・手足の痛み132名、不眠105名、胃腸症状80名、めまい・耳鳴り65名、その他(不快なしびれ・動悸・かみ合わせの不快感、口渇等)131名であった。    身体症状を有する人の顎関節症病悩期間は1か月以内34%、1か月〜6か月18%、6か月以上48%であった。3つ以上の身体症状をもつ人の顎関節症病悩期間は1か月以内22%、1〜6か月10% 6か月以上68%であった。顎関節病悩期間が長くなると身体症状を伴っている人の割合が増加し、顎関節症と身体症状の関係が示唆された。
 当院の顎関節治療の流れは、初診時はまず患者の語る話に耳を傾け(傾聴)、共感し、顎関節症の病状解説、治療方針を説明し、これから症状軽減にむけてともに歩んでいくという治療同盟を築くことを心がけている。治療は術者の治療として主にスプリント療法、顎関節部と咀嚼筋のストレッチ、くいしばりの指導、生活指導を行い、それでもよくならない方には、心理療法(ナラティブセラピー、認知行動療法)を施行している。患者には開口訓練、咀嚼筋のストレッチ、くいしばりのコントロールを行ってもらった。身体症状を伴った顎関節症患者366名の治療成績は、著効183名、有効45名、不変3名、紹介10名であった。なお、初診時を含めて来院回数が、3回以内で効果判定ができなかった患者はドロップアウト(125名)とした。顎関節症治療後の身体症状の変化は著効121名、有効99名、不変11名であった。以上のように顎関節症状の軽減とともに身体症状の軽減がみられた。しかしながら、ドロップアウトは125名(34.1%)と高頻度であり、顎関節症状がよくなっても身体症状がなくならない人もいた。
 さらに本講演では、身体症状と顎関節症の関係。また実際の症例を通して、どこで精神疾患に気づいたか、見落としたまま治療を続けていたか、会場の先生方とともに考え、精神医学の専門家の宮地先生にご教授いただきたいと思う。

略歴
1993年 東京歯科大学卒業
1997年 東京歯科大学歯学研究科口腔外科専攻卒業
1997年 都立大塚病院口腔科勤務
1999年 愛媛大学医学部歯科口腔外科勤務
2000年 野澤歯科医院勤務(愛媛県)
2006年 野澤歯科開設(東京都)

■■ 4. 精神的問題が疑われるときに歯科医師に考えてほしいこと
    宮 地  英 雄 氏
      北里大学医学部精神科

 身体疾患を持つ患者が、精神的な問題を併せ持つとき、その身体症状が何らかの影響を受けることが多い。このことを加味して考えると、身体疾患を持つ患者が他覚所見に見合わない自覚症状を訴えたとき、何らかの精神的問題を受けている可能性があるともいえるであろう。特殊な歯科外来を受診した患者のデータではあるが、精神疾患の併存、合併率は約66%、精神疾患の有無と相関する因子は、受診医療機関数や病悩期間という結果がある(Hideo Miyachi. et.al 2007.)精神的問題の併存・合併を見定めるには、やはり病歴をきちんと聞くことが始まりとなる。自覚症状が他覚所見に見合うかどうかを判定するのは案外と難しい。特に、自覚症状だけで診断をするのは、十分慎重でなければならない。精神的問題の評価は、身体症状の有無と精神的問題の寄与度から、より心身症モデルなのか、精神疾患なのかとアプローチしていくことになる。また対応という面では、疾病利得を抱えた患者や、人格障害、発達障害の存在は、それぞれが、それぞれの問題で、医療、治療の進行を複雑にしてしまう危険性があり、注意を要する。
 当日は、歯科医師と精神科の連携について、症例で検討し、要点を示す予定である。

略歴
1996年3月 北里大学医学部卒業
1996年5月 北里大学東病院精神神経科入局
2007年3月 北里大学大学院博士課程医療系研究科精神科学修了 博士(医学)
2009年4月 北里大学医学部精神神経科 診療講師 
2012年4月 北里大学医学部精神神経科 講師 


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